サガンとの出会い「ある微笑」

サガンなんてちっともおもしろいと思えなかった。高校生の頃の私には。

 

作家になりたいと言っていた同級生がいた。18歳の時に「悲しみよこんにちは」で華々しくデビューしたサガンのように、若くして名作を発表したい、と。

(ところで、高校・大学の在学中に何人か作家になりたいと言っていた人に出会ったけれど、その後ひとりとして実際に作家になった人を知らない。)

 

当時の私は夏目漱石の「こころ」を読んで以来、漱石の作品に心酔していたのだが、これはサガンも読んでみなくてはいけないだろうかと、すぐに図書館で探してみたのだった。生憎、「悲しみよこんにちは」は貸し出し中だったので、2作目の「ある微笑」を借りた。

 

その頃、家庭の問題などで絶望し、自暴自棄になっていた私は、朝、学校には行かずに反対方面の電車に乗り、航空公園にある野外ステージの客席に座って「ある微笑」を読んでいた(何故かその時のことをよく覚えている)。

 

ちっとも理解できなかった。ずっとほれたはれたの話ばかり。しかも、ドミニックという20歳の女子大生が、人生に疲れたリュックという既婚の40男を愛する話だ。私の恋愛観といえばまだ少女漫画的なものにとどまっていた頃だったので、まったく興味を持てなかった。

(とはいえ、高校生の私が最高傑作だと思っていた「こころ」だって、今思うと所詮ひとりの女性をめぐるほれたはれたの話でしかなかったのだが。人の命がかかわっていたとはいえ。)

 

今なら、わかる。どうしようもないのだ。抗えないのだ。惹かれてしまったら。妻がいようが、相手がいくつであろうが。忘れようと思えば思うほど、忘れられずに苦しくなる。その人でなければ、だめなのだ。

 

最後にドミニックが思わず浮かべる微笑の意味を理解したということは、私も大人になったということなのだろうか。

 

サガンの小説に描かれているのは、ただの恋愛沙汰では無い。否応もなく生まれさせられてきた人間の、人生への倦怠。そして、愛する人がいても埋めることのできない孤独。

 

今はただ、サガンに夢中である。

 

 

ある微笑 (新潮文庫)

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