読書日記『夜間飛行』サン=テグジュペリ

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリといえば、日本では『星の王子さま』の作者として有名ですが、

 

星の王子さま (新潮文庫)

星の王子さま (新潮文庫)

 

 

本日の読書日記は、サン=テグジュペリが自身の飛行士としての経験を生かして書いた『夜間飛行』。

 

読んでいると、夜の光の上を、生命の、生活の上を飛んで行くイメージが心に浮かぶ

命をかけて、自然の力強さに揉まれながら使命を全うする男の覚悟と、航空郵便事業を取り仕切るリヴィエールの冷静さと義務感と。

 

だけど。

私に言わせれば、命よりも大事な使命などあるだろうか?ということに尽きる。

 

操縦士の新妻のことを思うと切なくなる。

今頃きっと、あの辺りの空を飛んでいるだろうと思いを巡らせながら、祈るような気持ちで帰りを待つ妻のことを思うと。

 

男のロマンなんてクソクラエだ。

新しい生命を育むために、自分の身から養分を削り与えた経験のある女という生き物として見れば、わざわざ危険にその体を晒すなんて、気狂いじみた所業としか考えられない。

 

恐怖心は人間には必要な感情だよ。操縦士を送り出した時のリヴィエールの態度は妥当だったと言えるだろうか?

 

 

もう一作収録されていたサン=テグジュペリの処女作『南方郵便機』も、まるで彼自身の終わりを予感、あるいは予言していかのようなラストである。

 

幼なじみのルイーズ・ド・ヴィルモランを思い起こさせるような人妻との恋。日々の暮らし、生活の中に存在する彼女と、自分との隔たり。終わりへの覚悟…。

 

(ところで、このルイーズ・ド・ヴィルモランについては、鹿島茂の『最強の女』という本に詳しく載っています。この本は実におもしろく、お薦めです。事実は小説より奇なり。リアル "ファム・ファタル" の生き様が垣間見られます。)

 

 

サン=テグジュペリの小説は、堀口大學の訳をしても引っかかりが多く、 読み解くのに時間がかかった。そのことについての堀口の解説が秀逸である。

 

『南方郵便機』は、なぜさほどまで読者の精読を要求するか?母岩が厚いからだ。見方によっては、これはあるいは、作の欠点になるかもしれない。しかし作者は、内在する金が、あくまで純粋であることを欲した。ために、母岩を貫いて金を取出す仕事を読者の一人々々に残した。この仕事が精読である。その代り、読者の前に現れるのは、初めて光にふれ、初めて空気にふれる処女金だ。人生の現実をリズムの高度にまで引きあげて、この高邁なロマンチスムを築き上げるには、この潔癖が必要であったと、心ある読者ならうなずいてくれるはずだ。

 

高尚に見せるためにわざと難解な言葉を弄するような作家ははっきり言って嫌いだけれど、言葉を真剣に読み解くことでしか届かない、物語の手触りというものがあるのだと思う。そういった意味において、サン=テグジュペリの言葉の選び方、表現の仕方は深みを持っていると言える。

 

最後に、解説の中に見つけた、私が気に入ったサン=テグジュペリの言葉を。

 

僕は7歳の時から、ものを書いて来た。飛行機が僕に筆を執らせたのでは決してない。僕は信じている、自分がもし炭坑夫だったら、必ず地下に人生の教訓を掘り出そうと努力したであろうと。これはすでに幾度も言ったことだが、僕にあっては、飛行機は決して目的ではなくて手段だ。自分を創り上げる手段だ。農夫が鋤を用いて田畑を耕すように、僕は飛行機を用いて自分を耕すのだ。

 

人生の最終的な目的は、ただ、自分を創り上げることに他ならないのではないだろうか。